#RESEARCH

作物の病気を色で見つける「新しい眼」

2025.05.28
この記事について
私たちには見えない地球や宇宙の姿を、高性能な技術で捉える「リモートセンシング」。なかでも、目に見える光だけでなく多様な波長を使い高精細な情報を記録する「ハイパースペクトルカメラ」は、農業や環境保全で新たな可能性を切り開いています。この技術が未来をどう変え、持続可能な社会づくりに貢献するのか。その最前線を、システム情報学科・栗原純一教授に伺いました。

【栗原 純一教授】
リモートセンシングを駆使し地球環境問題の解決を図る「うみつばめ衛星プロジェクト」や国連宇宙部より発展途上国に超小型衛星を通じた宇宙参加を促す取り組みなど学外プロジェクトにも参加している。

宇宙の研究からスマート農業へ

地球惑星科学からスマート農業の研究につながるきっかけは?

私はもともと宇宙、特に地球周辺—いわゆる近い宇宙の研究をしていました。大学院では超高層大気を研究し、ロケットでデータを収集するところから始めたんです。その後、超小型衛星を開発し地球を観測するプロジェクトに参加する中、人工衛星搭載用カメラの開発にも取り組むことになりました。

人工衛星を使った地球観測とは、どのような研究ですか?

人工衛星に高性能カメラ(ハイパースペクトルカメラ)を搭載して地球のさまざまな情報を記録・分析します。この技術で環境の変化や多様な現象を観測できます。その後、特定の場所を高解像度で観測できるドローンを使った観測・ドローン搭載用ハイパースペクトルカメラの開発も始めました。

マレーシアからオイルパームの観測依頼

ドローン搭載用ハイパースペクトルカメラの開発を契機に、マレーシアにてオイルパーム・プランテーション(大規模農園)をドローンで観測をしてほしいと依頼がありました。オイルパームから採油されるパーム油は世界で最も生産される植物油で、インドネシアとともに世界市場の約85%を供給するマレーシアの基幹産業の一つです。当時、枯死に至る原因となるオイルパームBSR病が流行し、深刻な被害となっており、広大な農園でBSR病を早期に検出することは喫緊の課題となっていました。

環境破壊の上に成り立つ私たちの「食」を、持続可能な「食」へ

研究ではスペクトルデータを活用することで、これまで困難だったBSR病の発病初期を高精度に検出する手法を明らかにすることができました。一方で、私たちの「食」が他国の資源に依存している現実を改めて認識するとともに、プランテーション(大規模農園)を開発するために、多様な生物が生息する熱帯雨林が伐採されている現状に直面し、「食」が環境破壊の上に成り立っていることを痛感しました。身近な子どもたちの未来のために、宇宙技術を活用してSDGsに貢献できないかと考えるきっかけとなる出来事でした。

パーム油は何に使われているの?
パンやお菓子、即席麺、冷凍食品などの加工食品、歯磨き粉やシャンプー、洗剤などの日用品のほか、化粧品、バイオマス燃料など、身近なところに利用されています。

ハイパースペクトルカメラがもたらす農業革命

光を波長ごとに分光して撮影する「ハイパースペクトルカメラ」

一般的なカメラは赤・緑・青(RGB)の3色で画像を作りますが、ハイパースペクトルカメラは数十から百以上の色を使います。さらに可視光だけではなく、目に見えない近赤外線も扱えます。

具体的に、どんな違いが生まれるのでしょうか?

情報量が桁違いに増えます。普通のカメラでは捉えられない細かい変化も、このカメラなら見つけられるんです。たとえば、植物の健康状態や病気の兆候を、スペクトルデータでは変化が観測できます。

色の違いで病気の兆候が分かる?

例えば、人間の目にはどれも同じ緑色の葉。スペクトルデータで見ると葉に含まれる葉緑素の影響で、健康な葉と病気の葉は光の反射率が異なり、反射率の変化を観測することで、病気の部分を把握できます。たとえばリンゴの木では、健康な部分と病気の部分を色の違いとして可視化し、早期に発見できるんですよ。

人間の目には見えない情報(左画像)を診断モデルにより可視化(右画像)。発病部が赤色

人にも環境にも優しいスマート農業

北海道江別市では、小麦やトウモロコシの収穫適期予測に利用しています。気候変動で作物の生育が不安定ですが、ドローンと必要な情報をピンポイントで取得できるマルチスペクトルカメラを使うことで、作物の健康状態を把握し、収穫適期を正確に予測可能です。
現在は、弘前大学との共同研究でリンゴの病気診断を進めており、農業分野の課題解決に役立てています。リンゴ農園では農家の高齢化や人手不足が進んでいるため、病気の早期発見が生産性向上の鍵となっているんです。

病気の早期発見だけでなく、生産性向上にもつながるのですね。

さらに必要な場所だけに農薬や肥料を使用することで、無駄を減らし環境負荷を軽減できます。
発展途上国では農地拡大による森林伐採が加速しています。これを改善するには、既存の土地を効率よく活用する技術が必要です。限られた土地で収穫量を最大化することで、自然破壊を防ぎつつ食料供給を確保できます。

環境負荷の少ない農業で目指す、持続的な社会へ

持続可能な社会の実現へ

目指すのは持続可能な社会の実現です。リモートセンシング技術、特にハイパースペクトルカメラがその鍵となると考えています。この技術で気候変動や食料問題といった人類の課題に具体的な解決策を提供したい。
特に2050年には、人口増加による食料不足や高齢化による労働力不足がさらに深刻化することが予想されています。これらの問題に対応するため、効率的で環境負荷の少ない農業の実現が目標です。

この技術が広げる可能性を知ることで、私たちの未来の選択肢も広がりそうですね。

この技術がもたらす恩恵は、日本だけではなく世界中に広がる可能性があります。特に高齢化が進む中国では、日本の技術が大きな役割を果たすかもしれません。一人ひとりがこの技術の可能性を理解し、活用することがより良い未来を築く鍵になると信じています。

北海道情報大学 総合情報学部(変更前:経営情報学部)システム情報学科 栗原 純一 教授
研究分野
リモートセンシング、地球惑星科学。ハイパースペクトル撮像技術を応用した、地球観測およびスマート農業などの研究を行う。
略歴
宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究本部 宇宙航空プロジェクト研究員、名古屋大学太陽地球環境研究所 日本学術振興会特別研究員PDなどを経て本学へ。
日本地球惑星科学連合、日本リモートセンシング学会、地球電磁気・地球惑星圏学会などに所属。
教員の紹介ページ
System 総合情報学部
システム情報学科 ※2
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ICT技術者へ。
ICTサービスは、生活のあらゆるシーンに欠かせないものとなりました。また、人間に代わってAIが判断を行ったり、カーナビや気象予測などでGPSや衛星画像が身近に活用されています。これらの開発・運用にはシステムエンジニア、AIエンジニア、宇宙情報の専門家が欠かせません。本学科では、暮らしの豊かさに貢献する高度なICT技術者を育てます。
総合情報学部 システム情報学科 ※2

※2 2026年4月 経営情報学部から学部名称変更予定(構想中)

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